TOPPAする病気16g

「どんなに他人のことをおちょくってもええけど、syrup16gが異常に好きなやつのことだけは簡単におちょくったらアカン。殺されてまうで。」

 

「アハハハ!(引きつり気味の爆笑)」

 

 

 

 

 

ふてくされてばかりの10代を過ぎて分別もついて歳をとっても、拭いきれない気持ちってある。悪寒を癒す誤摩化す為に好きなものを擦り倒して生まれた熱がどこかに残ってる。潜在意識的に。本気と書いてマジと読ませるモノホンのsyrup16gART-SCHOOL信者だった頃、あの頃に培った社会不適合パワーが抜けない。今回はそんなことを書きたい。なぜなら7年前、2010年5月16日は初めて人前で楽器を持って歌う、人生初ライブを敢行したメモリアルな日だからだ。syrup16gのコピーバンドで人生初ライブを行った高校1年生っていますか?俺の人生ごめんね人生ですよ。楽しい追憶の始まりだ!

 

小学5年生のとき、父親が小型携帯ラジオを廃棄処分するというのでそれを譲って貰った。イヤホンを付けてるオレ、カッコよくね?という謎のイキりから「俺なりのiPod」と化した「俺なりのオシャレ・アイテム」こと携帯ラジオを常に持ち歩き、友達との待ち合わせの際には欠かさず携帯ラジオから伸びるイヤホンを耳に刺して気怠そうに振る舞ってキメていた(つもり)。ちなみに誰にも触れられなかった。何でもいいからとりあえず音が流れる場所までチューニングして内容は全く聴かず、小学生にとって堅苦しいオベンキョウみたいなイメージが強い情報番組をBGM代わりにしてた。ある夜、いつものようにチャンネルもAM/FMも気にせず音が綺麗に鳴る場所を探してチューニングしていたら、大阪の民放ラジオABCでミュージックパラダイス(略してミューパラ)が流れていて、それが僕の運命を少し動かしたのだった。音楽よりもゲームが好きだった。音楽よりもスポーツが好きだった。音楽よりも友達と遊ぶことが好きだった。このミューパラを境に全てが逆転していくことになるのだけど、それはまた別の話。そんな偶然にして出会った音楽ラジオとインターネットが普及してYouTubeなんかも水面下に流行り出していた時代のおかげで僕はアっという間にろくでもない捻くれ野郎になっていた。

 

中学1年生の頃バンプオブチキンについて誰にも負けねえ!俺がいちばんバンプ好きなんだ!と熱心に誰も知らないバンプ情報を探求していたらブチ当たってしまったsyrup16gというバンド。多感でド思春期な時期に家庭環境やら友人たちとの擦れ違いやら様々な僕のクラ〜イ問題にいつもクラ〜イ歌詞とサウンドと歌声で寄り添ってくれた日本屈指のメンヘラ生産バンド、シロップじゅうろくグラム。恥ずかしくてバカにするように書いてるけど本当に好きだったんだマジで。それはごめん。とにかく中学生の頃は鬱憤が溜まっていて面倒くさい出来事がたくさん起こった。それを音楽を聴くことによってやり過ごしてしていた僕は当然「ああ〜バンドやりてえ〜。」という愚直な思いに駆られ、どこからか「地元の高校生がバンドやってライブなんかしてるらしいよ。」との情報を入手して、高校生になったらバンドできんるんだ、なら今のうちから準備しないとなというモードに切り変わり、受験勉強もせずに親から譲ってもらったギターを練習して、昼食代などをケチってお小遣いを貯めては生意気に機材を買い揃えていった。とにかくsyrup16gみたいなバンドがやりたかったので彼らが使用してるスモールクローンやらマクソンのアナログディレイやらコンプレッサーやらを買っては部屋を暗くして電気スタンドに青いフィルムを貼付けてソレっぽい空間を演出してひとりライブ@部屋に興じたのだった。

 

「俺はなんで生きてるのか意味分からん。どちらかというと死にたい。」なんてことをボヤきがちなドラムマニア(ゲーセンにある電子ドラム版太鼓の達人)上級者の同級生に「お前はコイツを聴くべきや!」とシロップのCDを貸し、意気投合した結果にそいつをドラマーに。 小学生くらいからドラムやってます!FLOW大好きです!みたいなこと言うクラスメイトにメロコアやら洋楽のロック名盤などを貸して徐々に洗脳していきベースを買わせてベーシストに。こうして中学生ながらスリーピース・バンド「The Helpless(ザ・ヘルプレス)」を結成した。僕はもちろんギターボーカルだ。名前の由来はシロップの曲名と字面がビートルズっぽいという理由から。後日、同級生にヘルペスヘルペス!と謎のdisを喰らい挫けそうになる。2ちゃんねるsyrup16g耳コピ・スレッドなるものを見てカポタストをはめて一生懸命にギターを練習し、ベースは武道館のライブDVDを一時停止しては指板を睨み付け目コピに没頭した。コードもあまり知らない、ましてやチューニングもあんまり分かってない、そんな状態にも関わらず「あの高校生たちがライブしてた箱でブッキング??あるぞ!」「よし出よう!」とグミチョコレートパインを地で行くロックキッズっぷりを発揮した僕たちは高校入学から一ヶ月くらいで初ライブに臨んだのだ。

 

日本でいちばん小さな県、その県でいちばん都会だけど小さくて狭い街、海もあるし山もあるけど東京タワーはない。日本でいちばん長いアーケード街にある狭くて小さいライブハウス。 午前中に集合した僕らはいよいよだな、大丈夫か?緊張してる?なんて世間から見たら本当にどうでもいい出来事を目の前にギラギラと闘志を燃やしていた。ベースのやつが世渡り上手でチケットは大売れ、500円×15枚くらいのノルマを余裕でクリアして、うじゃうじゃと知り合いと知り合いの知り合いが集まる。その日の対バンはすべて地元の高校生。グリーンデイのコピバン東京事変みたいなオリジナルをやる爽やかな女性ボーカルバンドとオルタナですレッチリですバンドみたいな面子。そこにシロップのコピバンである我々だ。出番はじゃんけんで決まったトリ前。なかなか良いポジションだ。適当な挨拶やコミュニケーションを済ましてふわふわふわふわした気持ちのまま本番へ。あの舞台袖での高まり。SEなしの板ツキだった気がする。トレブル上げすぎコンプかましすぎのパコパコ・ジャキジャキのテレキャスターが鳴る。

 

セットリスト↓

神のカルマ

Sonic Disorder

負け犬

I・N・M

Reborn

 

僕もドラムもとにかく叫び暴れまくって凄まじいスピード感の中ライブは終了。人前でヤバイ目をして絶叫するのは本当に気持ち良かった。授業中に部活中に帰宅中に説教中に言いたくても言えなかったあの気持ちが全て凝縮された、シャウトなんてものとは完全に別モノの叫びだった。そういう叫びをあげるバンドが無条件で好きだ。僕も銀杏BOYZのようになれた!と感動したもんだ。手拍子で盛り上げようとしてた同級生たちは目の前で打ち鳴らされるネガティブの圧に負けてしまい棒立ち。それでも「最後の曲は良かったよ!」なんて言ってくれる優しさ。知らない先輩に次のライブに誘われたり、初ライブにしては上出来だったらしい。そこから僕らの高校時代はバンド活動に捧げられ無意味で無駄なときめきを追い求めてボロボロになっていった。ちょっと前にドラムのやつと雑談してるときに初ライブ憶えてる?って聞いたら「忘れられるわけないよ、あれは忘れられない。」と言っててすごく嬉しくなったな、なんか。これからもそういうあまりにも強い光みたいなものを誰かと共有できたらな。

 

自分にとって5月16日は初期衝動の日として忘れられない1日となってる。シロップ好きとか軽い気持ちで抜かすブスの悪口をブログに書き綴っていたし、中学のみんなの便り的な親御さんへのニュースペーパーに「今日見た夢にタクシードライバーブラインドネスと名付けた。終わり。」なんていうクソ痛い一言を投稿してたし、マジでろくでもない、人の目を見て喋れないクソ捻くれ雑魚に陥ってしまったけど、あのライブで自分の何かが変わったし戻れなくなった。自分の限界をTOPPAすることは出来たけど、自分と他人との壁をTOPPAすることは難しい。いつの間にかシロップを聴かなくなって復活後もあんまり興味ないけど、今日もヤニで塗れた自分の部屋の壁を眺めて初ライブ以降変わらない気持ちを思います。神のカルマってか。。

 

 

 

 

 

 

 

「お前の好きなシロップうんたらグラム聴いたけど暗すぎやろ!!目がヤバイ髭ふつーに歌めっちゃ下手やん!!ウーバーのほうが100倍ええやんけ!!笑」

 

 

「あああああああああああああああああーーーーーー!!!!!!!!殺す殺す殺す!!!お前殺す!ウーバー殺す!クソがッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

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